第35回大会 審査委員メッセージ

映画監督
西垣 吉春
(審査委員長)
映像は作者の心の表現!
今年も多彩な作品を観ることができた。ノンフィクションからフィクション作品迄。また毎回コツコツと応募してくれる方々の作品もあり、最終審査に残ったのは6作品だが、惜しくも届かなかった作品もあった。
日頃から作品創りにおいて、ナレーションは少なく、テロップも最小に、音楽も少なく効果的にと、審査会場で話してきましたが、今回応募の「いきてみるか」(清水氏作)はナレもテロップも音楽もない作品に仕上がっていて大変驚きました。
飾りをつけないこの作品は、観賞する人により評価(感動の受け方)が違うかと思いますが、創作の原点(アマチュア作品の良さ)を見た気がします。作者の優しい心が伝わったのではないでしょうか。
この映像祭がコンクールである以上、鑑賞作品であること。作者の主張(感情)が垣間見えることが必要かと思います。また、会場は大きなスクリーンで鑑賞し審査します。家庭での限られたモニターと違って、見せたいスケールの大きな映像もワンカットは欲しいものです。アニメ、エンタメ、ドキュメントなど色々なジャンルからの挑戦を期待し、作家の礎が垣間見えるととても嬉しいです。(京・嵐山にて)

NHK神戸放送局
コンテンツセンター長
小林 和樹
〝共感〟を生み出してほしい
難しい審査でした。様々なスタイルの映像が魅せてくれたからです。
「灯火」は完成度が高くストーリーも感じとれます。部活動経験者なら自分のことのように感じられます。絵の撮り方、カット割、歌とのシンクロも秀逸。惜しいのは、歌をメインにして主人公が匿名であるために「生」の手触り感が希薄になった点。映像でも、存在感のある「生」を表現できればと思いました。
一方「いきてみるか」は、おばあちゃんの日常の淡々とした映像だけで見せきり、全体で「生」というものを感じさせる作品でした。残念なのは「いきてみるか」。作品名であり、おばあちゃんが歌うシーンの最後に口ずさむ言葉です。しかし直前の歌詞が聞き取れず、歌を聴かされながら、言葉が紡ぎ出された状況や心情を読み取り切れませんでした。ここだけは、絵を邪魔しない範囲で歌詞を示したほうが伝わったのではないでしょうか?クライマックスであるだけに大切にして欲しかったです。
「きょうもここから」は「障害のある人たちが音楽を仕事に生きていく」ことを見せきっています。主人公の立て方も素晴らしい。ただ、「彼らの仕事は音楽です」という印象的なフレーズに続くコメントや、最初のインタビューが、否定的なニュアンスであるため、全体のトーンが少し後ろ向きになっています。もちろん彼ら彼女らの活動には大きな困難がありますが、それを乗り越えて、歌に、そして仕事にかける誇りや気持ちを、もっと表現できる構成があるように思いました。
美味しいお弁当は、一品一品が良いでなく主役も引き立て役もいて、組み合わせや全体のバランスで〝うまい!〟と感じさせます。映像作品も、一つ一つのシーンを味合わせながら全体を組み立て、題材と作者の意図を織りなして伝える。スタイルは違っても追求することは変わらないことを、あらためて感じるとともに、〝共感〟を生み出す個性的な作品が、この映像祭からこれからも出てくる期待がふくらみました。

サンテレビジョン
取締役
編成スポーツ・地域情報担当
久保 仁
第35回丹波篠山映像大賞
第35回丹波篠山映像大賞にご参加された皆様、開催にあたりご尽力くだされた関係各所の皆様、お疲れ様でした!今年も素晴らしい作品が数多く出そろい、審査員という立場で参加できたことに感謝します。
まず、審査において、どの作品も甲乙つけがたく、僅差であったのは審査委員長が、当日お話しした通りです。大変難しい審査となりました。その中で私が最も印象に残った作品は、清水啓吾さんの「いきてみるか」でした。そこには、ひとりのおばあちゃんの何気ない普段通りの生活が映し出されていました。文字テロップなし、ナレーションなし、BGMなし、かなり尖った編集です。説明や文字情報がないとわかりにくいという見方もできますが、この作品においては、何故か私には自然と楽しめることができました。まさに映像の力を感じました。おばあちゃんのキャラクターもあるのでしょうが、そこで生活しているだけ生きていることの普通さ、ありがたさをストレートに表現した作品だったと思います。
「生きる」というテーマはともすれば普遍的で難しいものと捉えられるかもしれません。
しかし、皆さんの作品は、それぞれ多様な切り口で表現されていたのではないかと思います。
今年も審査員をさせていただいて、映像で伝えることの楽しさ、すばらしさを感じた一日でした。今後も是非、いろんな手法を使って自由にどん欲にチャレンジしてください。可能性は無限大です!