27回大会を終えて

審査委員の講評>>29回28回27回26回25回24回23回22回21回

西垣

映画監督

西垣 吉春
(審査委員長)

素晴らしいアマチュアの目

 

 作者が作品制作に取り掛かると、あれも入れたいこれも捨てがたいと迷うものだ。7分以内の指定は短いようだが編集にかかると以外にも沢山組み込める・・・映像作りが面白いのは原稿用紙10数枚分の内容を5秒10秒で描くこともできることである。
 今回の「思い出に生きるケヤキ」は、映像化するに値する素材を持っていた。交通渋滞緩和の為に橋を架け、道幅を広げる。その為邪魔な欅の老木を伐採する。人造の橋はせいぜい100年位しか持たないのに100年以上生きてきた木を伐る。これから何百年と生きるであろう大木をいとも簡単に、人間の勝手で切り倒す。チェーンソーが甲高い音を上げるとビデオ大賞の会場の観客までも悲鳴を上げた。
 これぞ、ビデオ大賞に相応しい作品である。
 昨年、篠山市は「丹波篠山 デカンショ節―民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」として文化庁が認定する「日本遺産」になった。またユネスコ(本部=フランス・パリ)から「ユネスコ創造都市ネットワーク」加盟都市として認定された。「クラフト&フォークアート部門」での認定だが、今回の認定で世界116都市、国内7都市となった。
 阪下千代美さんの作品「風車の稔司さん」は人と人の絆を描きつつ、地域に残る伝統行事を気取ることなくサラリと描いた秀作だ。日本遺産の片鱗を覗かせて貰えた気がする。短編を積み重ね、デカンショ節のように語り繋いでほしい。
 今後応募してくれる皆さんには、アマチュアの目、丁寧なモンタージュを願っています。  (京・あらし山)

松本
NHK神戸放送局
放送部長

松本 恭司

被写体そのものが持つ「力」

  

 題材が素晴らしかったと思います。大賞に輝いた作品「思い出に生きるケヤキ」のことです。京都市北区の賀茂川畔に立つケヤキ。半世紀以上にわたって市民の暮らしを見つめ続けてきたケヤキの大木が、御薗橋の架け替えのために伐採されることになりました。作品では、それを知った市民の思い、感謝や惜別の情が前半に凝縮され、後半ではチェーンソーの唸りの中で淡々と運命を受け入れる、ものを云わぬケヤキの姿が、それを静かに見守る市民の姿と重なり合わせて描かれていました。それほど技巧を凝らした作品でもなく、さらに磨きをかける糊代も多分にあると思いましたが、それでも見る人の共感を呼ぶのは、やはり題材の素晴らしさだと思います。
 「風車の稔司さん」も題材で成功した作品だと思います。定年後、大阪から篠山に引っ越してきた北芝稔司さん夫妻の日常を軸に、地域の暮らしを綴った作品でした。ほのぼのとした夫妻を物語の主人公に据えたことが作品全体を面白くしていたと思います。そのうえで構成を練り、しっかりと狙いを定めて撮影が行われたことが分かる質の高い作品でした。
 カメラワークや音響効果、テロップなど映像作品を作り上げる過程で行う技術的な作業は努力次第で良くすることはできますが、被写体そのものが持つ「力」は、あとからではどうにもならないものです。当たり前のことですが、やはり他人に見てもらえる、人を感動させる映像作品を作ろうと思えば、題材の選びが何より重要だということを、改めて教えられた気がします。

大同

サンテレビジョン報道制作局長

大同 章成 


生きた証としての映像記録

 

 物言わぬケヤキの「叫び」、言葉を話すわけではないツバメの親子が交わす「囁(ささや)き」が聞こえて来るようだった。第27回丹波篠山ビデオ大賞に出品された映像から聞こえて来るのだ。
 京都市の髙瀬辰雄さんの「思い出に生きるケヤキ」、そして兵庫県宝塚市の吉岡貞夫さんの「巣立つ」。いずれもビデオ内の音声としてケヤキやツバメの声が収録されているわけではない。しかし、切り倒されるケヤキの悲痛な「叫び」、地域の人たちに見守れながら暮らすツバメのひなと親鳥の楽しげな「囁き」、そうした「声」が映像から聞こえて来る。
 樹齢数百年と推定される京都市のケヤキが橋の拡張工事に伴って伐採されることになる。地域に長年親しまれたケヤキが切り倒されることを悲しんだ市民たちが、その思いを短冊に記し結びつける。その文字からも住民の声なき声が聞こえてきそうだ。そしてケヤキにチェーンソーが入れられ、撤去される日が来る。ケヤキが切り刻まれた瞬間、ビデオ大賞決勝大会の会場となった「たんば田園交響ホール」の観客から低い悲鳴が上がった。数百年生きたケヤキの死の痛み、その叫び声が観客には聞こえたのだろう。髙瀬さんの映像の力だ。
 一方、吉岡さんは私鉄の駅舎に巣作りを始めたツバメを追う。春からひなが巣立つ夏まで毎日通ってカメラに記録したときく。暑い日も雨の日も毎日、ツバメの親子の生態を追い続ける。プロのカメラマンでも根気のいる仕事だ。撮影した吉岡さんは83歳、なかなか出来ることではない。カメラはツバメの親子を見守る駅員や利用客も捉える。周囲の人たちの表情も素晴らしい。ツバメの親子が生きた記録は、成長を見守る人々や吉岡さんの生きる記録でもある。
 ケヤキやツバメ、彼らが生きた証としての映像記録が、わたしたち人間に生きることの意味を伝えてくれる。物言わぬ生き物の「叫び」と「囁き」に耳を傾けることの大切さ、それを改めて感じさせてくれる素晴らしい作品だった。

奥野

実行委員長
奥野  勇

生きるとは・・・日常そのもの

 

・印象に残った作品
「思い出に生きるケヤキ」
 木を切るシーンにナレーションなどを入れずに「画像と音」だけで構成したことで、見る人の想像力を 呼び起こし、ケヤキの存在感を表現出来たことが素晴らしい。「想像力」や「間」はとても大切です。

「風車の稔司さん」
 その地域に住む人でないと取材できない味のあるシーンと、主人公夫婦の微笑ましい関係がとても魅力的でした。そして単なる紹介ではなく「生きざま」として伝えたところにこの作品の価値があります。

「オレのダンス」
 作者に可能性を感じます。次回作も見てみたいですね。

・アマチュアの作家の方に作品作りのヒント・・・
 5W1H(いつ・どこで・誰に・何故・何を・どのように)を考えてみてください。

・生きるとは・・・日常そのもの

 

 


Copyright (C) 2010 Tanba Sasayama Video Grand Prix. All Rights Reserved.