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西垣

映画監督

西垣 吉春
(審査委員長)

映像が優るもの

 

 今回ビデオ大賞に輝いた前田さんの作品「余部に生きる」を例に講評したい。映像1枚で 400字詰め原稿用紙2枚位語ることが出来る映像がある。前田作品に登場する谷口さんの顔がそれだ。89年の人生が刻まれたその表情に何の説明、解説がいるだろうか・・・。10秒、20秒捉えるだけで、その人の喜怒哀楽、その人生そのものが表現され、観客に訴える力が出て、魅了されてしまう。
 前田氏は何年も余部に通っていると言う。これまでも余部作品を拝見した。そんな取材活動から生まれた今回の作品。奇をてらうことなく、素直な目線で捉えられている。

 日頃申し上げていることは、身の回りにあるささやかなテーマを根気よく追っかけて欲しいこと。映像で表現不足の分だけ、ナレーションを加える。音楽は、感情を補足するように挿入し、決してべったりと入れないこと。
 文化、芸術には色んな表現があります。書で表現する人。絵画で、詩で、音楽で、俳句で表現する人もいる。映像表現をする限りは、その特徴を生かして欲しいと願います。

松本
NHK神戸放送局
放送部長

松本 恭司

私にとっての「生きる」

  

 私が篠山市を訪れたのは平成26年の暮れも押し迫ろうかという頃、冬曇りの重たい空から雪の舞う寒い日でした。丹波篠山ビデオ大賞第二次審査会の審査員を仰せつかったためです。放送局に勤めて30年、初めての関西勤務で、篠山市を訪ねたのも初めてのことでした。案内されたのは瀟洒な図書館。田園風景の中にそびえたつ時計塔が印象的でした。他の審査員の方たちと顔合わせを済ませたあと、広い会議室を暗くして20数本(?)の作品を拝見いたしました。人が作成した映像作品を審査するのも初めての経験。何を基準に採点すればいいのか考え込んでしまいました。
大会のテーマは「生きる」。その言葉からは「命」が連想されます。テーマが「生きる」である以上、被写体は命あるものに違いないでしょう。生命体がその生を営む過程で見せる喜び、悲しみ、苦悩、生きるための努力など、どうしようもなく横溢するものに、人は共感し感動を覚えるものだと思います。そして、それが横溢する瞬間を映像で切り取ることができれば素晴らしいなぁと、そんなことを考えながら、気がつけば審査が終わっていました。
 「生きる」という言葉は、その意味するところがとても広いだけに様々なテーマが考えられます。しかし独りよがりのテーマ設定では見る人の心をつかむことはできないでしょう。
次回も審査員を務めさせていただけるなら、いかに多くの人の心のひだを共鳴させるか、そんな研ぎ澄まされた狙いをもった作品に拍手を送ろうと思っています。

大同

サンテレビジョン報道制作局長

大同 章成 


ビデオ映像に見る21世紀を生きる私たち

 

 第26回大会のテーマは「生きる」。簡単なようで難しいテーマだ。生きることの意味を一生かけて考えるのが人生であるはずだ。生きることは一言で言い表せない。しかし映像では表せるのではないか、そんなことを考えさせられた大会だった。
 グランプリ部門ビデオ大賞の前田茂夫さんの「余部に生きる」。兵庫県香美町の余部鉄橋近くのお地蔵さんを毎日お参りする89歳の女性の顔が素晴らしい。アップで捉えた女性の顔は、まさに生きている。アップのカット一つで89年の歳月を物語っている。
 創造農村賞を受賞した北島憲一郎さんの「あしたへの挑戦・じいちゃん師匠と孫力士たち」にも高齢者が登場する。孫の世代にあたる子ども力士たちに稽古をつける日々が綴られる。相撲に懸けた夢に向かって挑戦する姿が生き生きと描写されている。じいちゃん師匠たちの相撲のDNAが孫力士たちに受け継がれていく。世代を越えて生きる、そうしたことが伝わる作品だった。
 今回の大会には、全編静止画で構成した作品が出展された。NAGA―B.C.C.の「終着駅」だ。スチル写真とナレーションだけで通している。ひとつひとつの映像は動かないが、全編通して観ると動き出す。映像に生命が吹き込まれる、生きるのだ。次回はぜひ音声はナレーションも台詞なしのサイレント、映像は動画という作品にチャレンジして欲しい。映像だけで物語に生命を与える試みに挑戦して欲しいと思う。

 決勝大会の日、篠山市はたいへん冷え込んだ。しかし会場は終始温かった。それは受賞された方々はじめ応募した皆さん、会場を訪れた人たち、そして大会を裏で支えたスタッフたち、すべての人たちが「生きる」という今回のテーマにそれぞれの熱い思いを寄せたことによるものだと確信している。

奥野

実行委員長
奥野  勇

余韻や空気感は想像力を広げる

 

大賞に輝いた「余部に生きる」と、知事賞の「越後のまほろば」を比較してみると、全体的な完成度は「越後のまほろば」の方が高いと言えます。では、なぜ「余部に生きる」が大賞なのか?

ズバリ、「余部に生きる」には「想像」という余韻があった。

それは、やや不完全燃焼の作品でありながらも、観ている人がそれぞれに主人公の人生を自分の世界で想い巡らせ、それぞれにイメージを膨らませてくれる。

「生きる」という意味を断定せずに、見た人の想像に委ねたところにこそ、「余部に生きる」の価値があります。

音楽でもそうですが、余韻や空気感は想像力を広げてくれる大切な要素です。

創造農村賞の「明日への挑戦」も、世代を超えた交流を、「相撲」という媒体を通して上手く取り上げていました。

何年か後に、それぞれの「続編」が見てみたいですね。

 


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