29回大会を終えて 審査委員からのメッセージ

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西垣

映画監督

西垣 吉春
(審査委員長)

日記・手紙を書くつもりで!

 通信機器の発達は、映像製作に大きな変化をもたらしています。携帯電話でスクープ映像が発信され、それが一瞬にして世界を駆け巡る。プロキャメラマンもアマチュアキャメラマンも収録出来る映像は「時の運」任せ…。
 こんな時代にキャメラを構えて映像を撮る。頑固にテーマを追っかけて作品に仕上げる。人様にその作品を観てもらう。作者の目線、作者の人生観等が作品に現れる。人様から「いいの!「悪いの!」と批評を受ける。これが丹波篠山ビデオ大賞です。
 一生懸命創りあげた作品は必ず人の心を打つでしょう。格好良さも粋さも面白さも要らない…作者の心が作品に映れば必ず感動を呼ぶと信じています。
 例えば、皆さんは日記や手紙を書くと思います。字が下手だ!文書が上手く書けない…等々悩む方もあるかと思いますが、手書きの手紙に切手が貼られた手紙とパソコンで綴られた手紙に印紙が貼られた手紙を受け取った時、どちらに投函者の心を感じますか…。言う迄もなく前者ですね。字の間隔、行間、字の大きさ等で心が伝わってきます。手書きならではの温もりがそこにあると思います。加えて好みの切手に巡り合えばなお嬉しいですね。
 ビデオ作品の製作にあたって、手書きの日記や手紙を書く心で臨んでみてはどうでしょう。
 「百年目の軌跡…」は、歴史が人を作ったことを感じさせました。「もう大丈夫!…」はテーマが大きすぎました。1部、2部、3部と連載するつもりで纏めてもよかったのではないでしょうか。高校生の2作品については、もっと高校生(若者)らしい多様な感覚・表現を求めます。
                (京・嵐山にて)

菊地 夏也
NHK神戸放送局
放送部長

菊地 夏也

第29回丹波篠山ビデオ大賞を終えて

  

 篠山市と言われて、まず思い浮かぶのは、霊長類学者・河合雅雄さんの名著で、私の愛読書でもある「少年動物誌」に書かれた豊かな自然のイメージだった。その篠山市で、全国から応募のあるビデオ作品の大会が開かれているとは、寡聞にして知らなかった。スマートフォンでも映画が撮影できる時代に、どんな作品が寄せられるのか、今回、初めて審査に参加することになり楽しみにしていた。
 そうした期待を持って見た作品は、いずれも手堅いという印象だった。伝えたい思いがあることは分かるが、さまざまな映像作品があふれるなか、もっと斬新に作ることが可能だとも思った。
 その中で、大賞を受賞した大羽孝典さんの作品「百年目の奇跡 今もまだ生きているおじいさんの古時計」はユーモアがあり、毎朝、時間を合わせても確実に遅れてしまう古時計のたたずまいにも惹きつけられた。家族の歴史を見直すきっかけになったというメッセージは、作品を見た人たちの共感を呼ぶのではないだろうか。
 兵庫県知事賞の岡山学芸館高校放送映像部の作品「カンボジアで見た3つの生きる」と篠山市議会議長賞の静岡大成高校放送部の作品「限界集落 最後の挑戦」は、どちらも社会性が高く、高校生として問題意識の持ち方もいい。一方、いずれもなかなか解決策の見つからない問題だが、客観的に捉えるだけでなく、高校生が自分たちなりに考えた提言や改善策などを、作品を通して発信してもらえば良かったとも感じた。
 今後も、年配のビデオ制作者には、ふだん生活する中での身辺雑記だけでなく、そこに切り口の冴えを見せて、共感や示唆を与えてくれるような作品を期待したい。
 また、高校生など若い世代には、新鮮な視点や素直な思いを大切にした作品を作ってもらいたいと感じた。

大同

サンテレビジョン
報道制作局長

石濵 真司 


作品を高める“小さな奇跡”

 

 良い作品づくりには"小さな奇跡"が起こります。それは『撮影日が天候に恵まれた』、『撮影地が近かった』、『遠方の方が取材場所に偶然居て撮影できた』など…。
 大賞作品「百年目の奇跡、今もまだ生きているおじいさんの古時計」は文字通り、そんな"奇跡"から始まりました。作者の大羽さんは、時計店を営んでいた祖父が約百年前に出生地の寺に寄贈した柱時計が修理され、30数年ぶりに動き出したという手紙を、住職から受け取ります。そこからビデオ歴35年の大羽さんは、作品を制作しました。大羽家のファミリーヒストリーが、百年前の古時計を軸に広がり見応えがありました。寺から連絡があったのは「奇跡です」と、大羽さんも語るように、奇跡から広がった作品でした。 
 「カンボジアで見た3つの生きる」は、カンボジアを訪れた岡山学芸館高校の生徒たちが、現地の人たちの貧困生活の実態を報告しながら、自分たちに何ができるかを問う、硬派な作品です。取材・構成・編集も良くできていました。ただ高校生という視点がもう少し欲しかったと思います。
 「人形浄瑠璃に生きる」は、山口県周南市に江戸時代から伝わる人形浄瑠璃で、語りを続ける男性にスポットを当てた作品です。89歳とは思えない、男性の迫力ある語りと普段の生活、さらに戦争体験も重ねた秀作でした。
 「生きる」をテーマに、今回もたくさんの作品が寄せられました。最近は、カメラや編集ソフト等の向上で、一見するとプロと区別がつかない作品も増えています。しかし、作品作りに最も必要な事は制作者の視点です。『なぜこの人を撮影するのか』、『なぜこの作品を作るのか』…、しっかりとした視点を持って取り組むことが大切です。視点をぶらさない事が良い作品に繋がります。そこに"小さな奇跡"が起こるかも(?)、知れません。

奥野

実行委員長
奥野  勇

第29回大会を振り返って

 

 グランプリの「百年目の奇跡…」は、何かと物が使い捨てになり、コミュニティが薄くなりがちな昨今、古時計に大きな存在感がありました。古時計から「人も物も時間も皆、完全でなくても生きているんだ」という声が聞こえ、見終わった後に何とも不思議な余韻が残りました。
 住職のセリフ「この時計、時間は少し遅れるけれど、まだ100年は大丈夫ですよ」が印象的です。その言葉は「たとえ不完全でも、これからもこの寺の人達と一緒に生きるんだ」と聞こえてきます。過去の紹介だけでなく未来を見据えている、とても大切な言葉として感じました。最近は何でも完全なことが当たり前と考えがちの世の中ですが、物を使えば傷つき故障もする。私達人間も生きていれば、怪我や病気・失敗もする。そんな私達へのエールにも聞こえる作品です。
 「カンボジアで見た3つの生きる」は、とても良く出来た力作でした。ただ、題材自体に力が有る反面、高校生たちのもっと素朴で多様な疑問・感想・戸惑いなどが聞きたかったですね。少し肩に力が入りすぎたかな?という印象です。
 「限界集落 最後の挑戦」は、日本全体が抱える大きな課題の着眼点は良く、取材も丁寧に行っていたのですが、縁側お茶カフェの紹介だけで終わっているところが惜しいですね。高校生たちがどう思ったか?が聞きたいところです。
 「もう大丈夫…」も難しい題材を良く取り上げました。是非全国の教育関係者や親たちにも見て貰って参考にしてほしい作品です。また何年後かに続編が見たい!ですね。
 グランプリ部門の題材が、過疎・貧困・後継者不足・不登校・伝統の継承等と、現代社会の問題を捉えた作品が多く、充実した作品が揃った大会でした。一貫したテーマ「生きる」の意義を強く感じます。
 チャレンジ部門は、今回学校関係だけでなく一般の方の参加が増えたことが素晴らしい!市民の方々に映像文化が少しずつ浸透してきたかな…と実感しています。気軽に映像作りチャレンジして、日常を少しでも幅広く・深く・豊かに楽しみましょう!どんな些細なことでも遠慮なく、まずは視聴覚ライブラリーへご相談下さい!

 


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